変わりたくない私とポケモンGOの関係

ポケモンGOでストレスを感じることなんてバトルリーグ以外ではほとんど無かったのに、ここ最近ちょっと変わってきている。

 


原因は主に、今年12月のTL開放である。

私は2016年7月の開始日当日にスタートし、それからアプリを開かなかった日を合計してもおそらく1ヶ月には満たないほどの継続的なプレイヤーだ。

レベル上げ(経験値稼ぎ)の優先順位はずっと最下位だった。では毎日のプレイ目的は主に何だったかというと

①卵の孵化(通学で長距離移動する生活は距離稼ぎに最適だった)

②色違い・レアなポケモン探し

③強いポケモン探し(初めは個体値が高いと何となく嬉しい程度だったが、最近はまあまあ本気寄りになってきた。ただバトルガチ勢ではない)

だった。

4年半近く続けているので多少の変化はあれど、基本方針はこうで、ポケモンのコレクションに主軸を置いている。

なので「〇〇年に△△へ遊びに行った帰りに××と一緒につかまえたポケモン」のような、決して"強い枠"ではなく"思い出枠"のポケモンも多い。ボックスを圧迫されては拡張している。

(話が逸れるが、このような自分の姿勢のためか、バトルリーグはいまいち楽しめていない。報酬のズルッグワシボンのために手を出し、今はどうぐやほしのすなをモチベーションにやったりやめたりしている。)

(さらに話が逸れるが、私はポケモンGOが始まるまで一度もポケモンのゲームをしたことがなかった。幼少期にアニメを見て好きになり、ポケモンセンターでグッズを買ってもらい、いつかポッチャマと暮らしたいと願ったりしつつ、それは置いておいて大人になったらゲームをしたいとずっと思っていた。)

TL上げに興味がなかったことをあえて理由付けするならば、ポケモンの強化自体はTL38に上限があったことと、だいたい体感でTL30台半ばくらいまではすんなり到達できる程度だったからだと思う。それにTL40が長いこと上限だったので、急がずともいつか届く感じがしていたこともある。

このようなプレイスタイルで2020年7月にTL40に達した。

 

今も前述のようなプレイスタイルを気兼ねなく続けていたかったのだが、12月のTL開放で心の持ちようが変わってしまった。

 

具体的には、後から始めたフレンドがいつの間にか莫大な経験値を貯めていて「早いな、どんなプレイしたらそうなるの!?」と焦りを感じたり。

何より、近所のジムを毎日占領する複垢達が私より遥かに上のTLになったりしていると、こんなマナーのなっていない輩より格下なのかと悔しく感じてしまう。それらの置いたポケモンを落とそうとしながら、「この後に私がポケモンを置いたらTL41の雑魚だと嘲笑されるかな」といった考えが頭をよぎる。

私自身は12月27日にTL41に上がったのだが、決して早くはない方だろう。ネットには先を行く人たちのスクショ付きの報告が見たくなくても多数見受けられる。ちなみに時間がかかった理由は「レイドパスに課金をしないので、主に毎日の無料パスだけでレイド30回を達成しようとしたら1ヶ月近くかかった」というものだが、こう言い訳していること自体が劣等感の表れだ。

総じてなんとなく自分は劣ったプレイヤーのように思わされるようになったのが、この一ヶ月で起こった変化である。

 

どうしてこうなってしまったのだろう?

たとえば前までだって、私は捕まえられなかった高個体値の伝説ポケモンをフレンドは捕まえている……といった、劣等感の引き金になりそうな出来事はいくらでもあった。でも実際はせいぜい一瞬悔しい程度で、「人は人、自分は自分」だし、今捕まえられなくたってきっといつか再登場してくれると思う余裕もあった。耐え難いつらさを感じたのはあくまでも、ダークライ色違いの初登場時など、自分自身がすごく欲しかったのに逃した場合だ。

 

なのに今はなぜ周りと比べてストレスを感じているのだろうか。私自身の中に、つまり人との比較抜きにして、TLを上げたい欲求は特に無いように思える。ポケモンの強化には今の時点まででまあ満足しているし(ただこれから徐々に強さのボーダーが上がっていくだろうけど)、TLを上げないと捕まえられないポケモンもいないし、着せ替えアイテムが特別欲しいということもない。それなのになぜ?

 

さて、私の精神状態を悪い意味で揺るがしているTL開放だが、良かったことはある。
おそらくこのTL開放に伴って、エクセレントスローの獲得経験値が増えた。おそらくとしか言えないあたりにいかに経験値稼ぎに関心がなかったかが見て取れる。

身近なフレンドが「今はエクセレントスローで経験値が多くもらえる」という情報をくれた。

私はそれまでなんと、伝説レイド以外でエクセレントスローを狙っていなかった。捕獲成功率が違うことは知っていても、器用ではないし幸いボールが必要なだけ手に入れられる住環境なので、カーブグレートで十分と考えていた。そんな状態のため一般の野生ポケモンに神経を研ぎ澄ましてエクセレントを当てようなんて発想はなかった。

当初は「こんな小さいポケモンにエクセレントとか当てられるわけない」と思っていたけれど、投げ方を教えてもらってめきめき上達した。これは楽しい。できなかったことができるようになるのは嬉しいことだ。

ただ、「エクセレントスローの獲得経験値が2,000」と覚えたことで、次のTLに上がるまでの計算ができるようにもなってしまった。

何度も同じことを繰り返してしまっているが、TLが上がるときに上がればそれでいいという考えを持っていたので、次に上がるまでどれくらいといった計算は全くしたためしがなかった。ここで私は初めて計算した。

TL41から42になるのに必要な経験値が7,500,000らしい。

エクセレントスローでざっくり変換すれば3,750匹分。

「は!?」と思った。気の遠くなる話だ。1日に200匹捕まえるタスクがあったが、それだって決して少なくは感じなかった。それを3,750匹。しかもエクセレントの成功率はまだ低い。失敗してグレート以下になれば得られる経験値はぐんと低い。

しかもたしか経験値2,000は今年中。なんとなく「今年中にポケモンゲットをガチでやって貯めた方がいいのかな」と、急ぐ感情が生まれた。

そして、さらに私を焦らせる情報を手に入れてしまった。先のレベルの条件に「スーパー/ハイパー/マスターリーグでそれぞれ30勝」というものがあることを知った。

その時々で開催ルールが変わるので、タイミングによっては達成しにくい条件だ。ちょうど先日スーパーやハイパーが終わったばかりで、この後特殊ルールの開催でも続こうものなら、一体いつ上記の条件を達成できるだろうか?足止めを食らう可能性が存分にある。

さっさと上に上がっておけば、つい最近行われたスーパー/ハイパーリーグで回数を稼げたのに。自分ののんびりしたプレイスタイルのせいで機を逸したような気分になった。今までのように別の目的でプレイしていては上に行けず、一心に経験値稼ぎを試みなければ周りに付いて行くことができないのがもどかしい。

 

つまりこういった、人と比べること、急ぐ感情に疲れたのだ。

こんなに急いでプレイしたかったわけじゃない。別にTL上げてドヤりたいとは思わない。しかし誰かにドヤられるのはなんだか落ち着かない。

TL41以上が開放される前、別に自分がTL40だからといって自慢する気はなかった。自慢といえば聞こえは悪いが、それ以外に誇れるものはいくつもあったし(初めて捕まえたポッチャマと1年半にわたって相棒でいたこととか、色違い個体値100ミニリュウを捕まえたこととか、海外のプレイヤーたちに英語で声をかけて三湖のレイドに誘い合ったこととか、それこそリリース日からほぼ毎日プレイしていることとか)、ほかのプレイヤーの誇るものを見るのも楽しかった。それぞれに自慢できることが多種多様なのが良いところだと思っていた。

ただそれは安定したTL40という最高位にいたからこそかもしれないと今思う。実態としては最高位などではなくて、時間とお金を多大に注ぎ込むガチ勢とも表面的に同じ数字なために、無意識に同等のような気がしていただけなのだが。

前述のような私の誇れるものが、TLの高低の前には取るに足らないもののように感じてしまうのだ。TLが圧倒的な価値基準であとはおまけ。例えれば、エリート進学校に通っている生徒たちを前に、そこを目指してダメだった自分が「絵で図工の先生に褒められた」とか「小テストで95点を取った」と自慢しなければならないみじめさのようなものだ。私はそういう出来事に感じる喜びは尊いと思う。しかし、彼らには鼻で笑われるだろうし、そう想像すると感じていたはずの喜びが霞んでしまう。よほど絵で生計を立てられるほど大成するか、それこそ次の進学や就職でエリート層に合流できるほどにならなければ、世論はエリート校の生徒たちを勝者と認め、私のような存在を敗者として扱うだろう。嫌な話だな。

ついこの前までは、彼らと劣等生の自分との間には差が全く可視化されていなかったのに。

 

 

それまで自分自身で価値を見出して楽しんでいたことが、楽しめなくなりかけている。

楽しんでいた気持ちに陰りが出てきた。

私には私の遊び方があって、周りと競うためなんかにポケ活をしたいわけじゃない。

 

自分のプレイスタイルを取り戻すには一体どうしたらいいのだろうか?解決策はまだない。